私が施術家として生きていくと決めたのは14年前でした。
施術家になるには当然どこかの治療院で修業を積むわけですが、経験の少ないころには様々な失敗があるものです。
幸いにも、これまで患者さんに怪我をさせるということはありませんが、配慮が足りずにお叱りをいただいたり先輩方に注意を受けることもあるものです。
今回の物語は、私が経験した患者さんへ本当に申し訳ないことをしてしまったというお話です。
初めて来院された時のYさんは当院に来院されていた奥様に連れ添われていらっしゃいました。
60代の男性で立ち仕事をし始め半年ほどしてから股関節の痛みで歩くのが辛くなってきたので整形外科で検査を受けたが股関節に異常なし。
腰椎にヘルニアがあり少しだけではあるが狭窄症もあるため、それが原因による股関節痛だろうと診断を受け腰椎の牽引と電気治療を受けたが症状が全く変わらず仕事が出来なくなるのは困るということで整体でなんとかならないかと奥さんの勧めもあり来てみたとのことでした。
股関節の痛みというと、狭窄症だけでなく変形性関節症、大腿骨頭壊死、鼠径ヘルニア、他にも様々な原因が考えられます。
整形外科でレントゲンなどの検査を受けて異常なしということで変形性関節症、大腿骨頭壊死、鼠径ヘルニアなど股関節の関節付近に異常はないだろうと思い、他の部位に原因がないかをカウンセリング・検査で探っていきました。
痛みを感じているほうの足に荷重がかかったときが痛いということでしたが、荷重しない状態で他動的に動かしても痛みはなく、可動域にも制限はそれほど感じませんでした。
大腿を抑えて力を入れるように促すと股関節に鈍痛があるということで、おそらくは大腿四頭筋の筋緊張からくるトリガーポイントであると推測し施術を行っていきました。
実際に大腿四頭筋に筋緊張が強く診られ、痛みを感じている部分に関連痛も出ていました。
初回の施術後には、荷重しない状態で自動運動で股関節を動かしても痛みがでないほどに改善していました。
しかし、荷重するとやはり同じように痛みが出て歩くのが辛い状態ではありましたが、初回の様子を見ていると次第に痛みは抜けていくであろうと考えていました。
初回のこの見立てがまさか全く見当違いのものであるとは思ってもいませんでした。そして数年経つ今でも後悔の念を忘れることが出来ない出来事になりました。
2回目に来院された時も施術前には初回の状態に戻っていたものの、施術後は同様に自動運動は痛みなし、荷重すると痛いという状況。
3回目、4回目と継続してもその状況は変わりません。その頃から、自動運動の痛みと荷重による痛みは違う理由によるものではないかと思い始めていました。
6回目に来院された時には、松葉杖を使わないと痛くて歩けないという状態になっていました。
自動運動による痛みは、回を追うごとに改善し荷重しなければ痛くない状態になっていましたが、7回目の来院時にはなんと、なにもしなくても痛みがあり寝返りを打つだけでも強い痛みが走るとのこと。
明らかにトリガーポイントによる痛みとしては異常な状態になっていて、再度初回に行った整形外科とは別の病院で診察を受けることをお願いしました。
別の整形外科を受診後にYさんから聞いた診断名を聞いて驚くとともに自分のミスに気が付きました。
「大腿骨頭壊死による大腿骨頭の圧潰」
大腿骨頭壊死症のレントゲン検査には特別な撮影肢位があり、初回の撮影ではそれを行っていなかったのだと後々わかりました。
今回のYさんの症状は、最初のうちは大腿骨頭の炎症が初期の頃は起こっており、痛みがあるために足さばきがおかしくなり大腿四頭筋の筋緊張によってトリガーポイントが発生し自動運動で痛みが出ていました。
そのため、施術をすることでトリガーポイントの緩和で自動運動の痛みが取れたものの大腿骨頭壊死による股関節への荷重による痛みが改善しないということを繰り返していたのです。
私は、初回に整形外科に行って股関節に異常が診られなかったことでレントゲン撮影の肢位を確認することを怠り、また大腿骨頭壊死になる人の特徴として長期間のステロイドの使用、アルコールの多飲歴があることが挙げられます。
Yさんは毎日お酒は飲むがビール一本程度とのことで、それくらいなら体にそれほど悪くないだろうと思ってそれ以上は聞いていませんでした。診断が出た後に聞いてみると、半年前に仕事を変えてからアルコールの量は減ったがそれよりも前には毎日焼酎を一瓶開けるほどの酒豪だった。
整形外科の医者といえども人間です。診断ミスもするし、症状が初期の場合わからないこともあります。
初回のカウンセリングでもっと病院での検査の仕方を詳しく聞くこと、生活習慣を過去のことについても詳しく聞くことをしっかりと出来ていれば今回のように見落とすことはなかったでしょう。
幸い、Yさんの圧潰は少しで済んでおり松葉杖による荷重の制限と整形外科での治療で良くなるということでした。
日々の施術をしていると、過去に同じような症状の人を施術した経験がほとんどの場合あります。
経験は治療をしていくにあたってどのくらいで改善してくるのか、どのような手順でやれば良くなるのかという指標になりとても大切なものです。
しかしながら、人の身体はみなそれぞれに違い、生活習慣も違います。
同じように見えても経験を過信してはいけないと学ばせていただきました。
当院では、初回の詳しいカウンセリング・検査を行っています。
もうあの時のような後悔をしないようにいつまでもこの出来事を忘れません。